【平成18年10月5日(木)】
川の歴史を学ぶことができる「関宿城博物館」、面白いかもしれません。(1)では、高瀬船の運行までをご紹介しました。
明治時代に入り、近代化が進み、蒸気船「通運丸」(1/25サイズ)が、銚子~利根川~利根運河~江戸川~両国を約18時間で運行してました。高瀬船は引退なんでしょうかね。
蒸気船が成功すると各地に汽船会社が設立され、同業者間の競争が激しくなったことから、各汽船会社が広告(チラシ)をするようになったそうです。今も変わりませんね。
1Fの常設展示を見終えて、4Fの展望室へ登りました。
分かりにくいですが、川の分岐点です。上流から流れてきた利根川が、左へ流れる江戸川と分かれるところです。
遠くに筑波山、手前が利根川です。歴史を見るようでした。
館外に出て、見あげると、そこにはお城が。江戸城の富士見櫓を模した関宿城を再現しているんですって。結構、立派ですよ。
さらに江戸川の方へ歩いていくと、関宿水閘門(すいこうもん)がありました。、江戸川へ流れ込む水量を調節するために昭和2年に設けられました。
おわりです。楽しかったですよ、案外、ね。
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【平成18年10月4日(水)】
ドライブしていて「関宿城博物館」という看板を見つけたので、ちょっと行ってみることにしました。場所は、埼玉県と千葉県、そして茨城県の県境に位置しています。利根川が江戸川と分かれる野田市にあります。
遠くにお城のようなものが見えてきます。
駐車場に車を停めて、早速、入口へ。
玄関に博物館マスコットキャラクター?「カッピーくん」が出迎えてくれますよ。あまり元気のない声で「ようこそ~」と、説明してくれます。
この関宿城博物館は、江戸城の外城として、江戸を守った関宿城を模した建物で、利根川流域の洪水・治水の歴史や生活、産業、文化をいろいろな展示物でもって紹介しているんですって。
カッピーくんの説明をそこそこに、早速入館料200円を払って、さあ、行こう!
流域面積日本一の利根川は、江戸時代には主要水上交通網として栄えましたが、一方で、水害多発地帯でもありました。
↑写真は「水塚(みづか)」(実物大で再現)といって、洪水の際に避難できる場所として母屋よりも高く土を盛り(3~5m)、その上に建物を建て、生活用品や食糧を保管していたんです。今でもこのあたりでは、水塚の跡が残っているようです。
中世の関東の河川の流れは今と全く異なっていたんです。河川の改修工事や干拓などを繰り返し、水運整備が進みました。東京湾に注いでいた利根川も改修を繰り返し、1654年に太平洋に流す工事が完了したんですって。
水運が整備されることにより、江戸を中心に物資や人が行き交うようになりました。そのときに大活躍したのが「高瀬船」で大きな帆を張りながら、米俵などを多く運び、そして、野田・銚子の醤油、流山のみりん、猿島のお茶などなど各種の産業を産み出しました。
博物館見学はまだまだ続きます。
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